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 おせいは、窓に向ったまま、所在なさそうに下を向いて、帯やおはしょりの端を引張った。
 それにしても、もう何時頃になったのだろう。あまりおそくならないうちにここを出て、ゆっくり一停留場も歩いて帰りたい気がする。
 彼女は、それとなく皆の方へ振返った。すると、健介が、まるでおせいの望を心の中から読みとりでもしたように、兵児帯の間から時計を出し始めた。
 坐りながら、彼女はごく自然に、
「もう何時頃になりまして?」
と訊くことが出来た。
「余り長くお邪魔しても……」
「何、まだ宵のくちですよ。九時になりますまい? 十二時までは電車があるから、まあゆっくりしていらっしゃい」
 小関は、健介の手許を覗き込むようにしながら云う。
「――もうかれこれ九時過ですね」
 健介は、胸を反すようにしてゆっくり時計を元の処にしまってから、おせいを顧みた。
「そろそろお暇(いとま)にしようか?」
 彼女が何とも云わない先に、主人夫婦は声を励して止めにかかった。
「いいじゃあありませんか、健さんも、どんなに途が遠いったって二時間はかかりますまい?」
 しかし、健介も内心では、もうさほどの興味も持っていないらしく見えた。明朝、出勤時間が早いことを理由にして、座を立ちかけていると、突然、ひどい音をたてて誰かが階段を上って来た。
「誰?」
「僕!」
 入って来たのは、息子の武雄であった。先刻(さっき)、何か学用品を買いに出て、戻って来たのだろう、突っ立ったまま、
「今夜は午市(うまいち)なんだねえ、随分外は賑やかだよ」
と息を弾ませて報告した。
「おや、そうかえ。ちっとも知らなかった……」
 挨拶の中途の、膝をついて息子を見上げていたおふゆは、それで俄に思いついたというように、おせいの方を向いた。
「丁度いい塩梅だ。行って御覧なさいませんか?」
「ああ、そりゃあいい。午市というのはね」
 小関も辞儀をやめにして健介に説明した。

 追腹を切って阿部彌一右衛門は死んでしまったが、そうやって死んでも阿部一族への家中の侮蔑は深まるばかりで、その重圧に鬱屈した当主の権兵衛が先代の一周忌の焼香の席で、髻を我から押し切って、先君の位牌に供え、武士を捨てようとの決心を示した。これが無礼と見られ遂に権兵衛は縛り首にされ、一族は山崎の屋敷で悲惨な最期をとげてしまった。
 武家時代の社会で君臣という動かしがたい社会の枠の中に、このようになまなまと恐ろしい人間性格の相剋が現実すること、そして、その相剋する力がその枠をとりのぞく作用としては在り得ないで、その枠内で揉み合って、枠内のしきたりによって悲劇の終末へまで運ばれてゆくのが、常に正直一途な家臣としての運命でなければならなかった事情を、鴎外はいくつかの插話を興味ふかく配置しつつ立派に描写している。人間一人の生きかた、或は生かせかた。死にかた、或は死なせかたの諸相が、その時代のものとしてこの一篇には実にまざまざと多面的に取上げられている。人間同士の友誼が、対手の死なせかたに表現されなければならなかった当時のモラルも柄本又七郎の行動で表徴されているし、悪意ある方策によってかまえられた名誉の前に、生きるに生きがたい死を敢てする若い竹内数馬の苦痛に満たされた行動は、内藤長十郎が報謝と賠償の唯一の道として全意志を傾けて忠利から殉死の許可を獲て、それで己は家族を安穏な地位に置いて、安んじて死ぬことが出来ると、晴々と昼寝してから腹を切りに菩提所東光院に赴いた心理に対蹠する、複雑な翳として忠利の死という一事をめぐっているのである。

「父様だってああやって一生懸命やっていらっしゃるんだから――この次までに一馬力のにさせとけばいいじゃあないの」
 発動機が動きだしたと見え、コットン、コットン水を吸い上げる音が聞えて来た。二三分して、再び止ってしまった。もう動かないらしい。扉をあけ、父がやめて来たかと思ったら、それはみわであった。
「まあ旦那様本当に恐れ入りますでございますね、お寒いのにあんなお働きいただきましては……」
「駄目かい?」
「はあ――どうしたんでございましょう。一寸動きましてやれうれしやと存じましたら、またとまってしまいまして」
 みわは、そう言いながら煎じ薬を茶碗についで母にすすめた。
「なに、御自分がわるいのさ――お前にはとんだお気の毒だね、こんなとこまで来て水汲みまでさせちゃ」
 みわは、小作りな女で何だか見当が違っているような眼つきであった。
「まあとんでもございません。ちょこちょこと致せば何のこともありは致しません。――私も北海道なぞとあんな遠いところへつれてっていただきましたが、東海道は始めてでございますから――こんな結構なところ拝見させていただきまして」
 佐和子は、それをきき、みわや両親が憐れになった。みわは十七位のとき、まだ赤坊であった佐和子の世話をして、これもまだ若夫婦であった両親と任地の北海道まで行った。三十年位の歳月は一方に別荘を作らせたが、みわには額の皺とただ一枚の白い前掛を遺したに過ぎぬように感じられた。しかもみわは、もっと若々しく、貧乏であったが健康で怒ることの尠い妻だった母を見て来たのだと思うと、佐和子は森とした寂しい心になった。
 父が、手袋のごみをはたきながら戻って来た。
「どうも仕様がない。×へ電話かけさせよう」
 ――母は黙っていた。父は、大半白い髭をいじりつつ、背をかがめ暖炉の火をかき立てた。

 一やかんもの熱湯を髪の癖なおしにつかって、一時間位鏡の前に座って居た彼の女をよく云うものはない。
 頭の地にすっかりオレーフル油を指ですりつけて、脱脂綿で、母がしずかに拭くと、細い毛について、黄色の松やにの様なものがいくらでも出て来る。
 小半時間もかかって、やっと、しゃぼんで洗いとると今までとは見違える様に奇麗になって、赤ちゃけて居た髪もすっかりつやがよくなって来た。
 よっぽど気持がいいものと見えて目をつぶって、フンとも云わないで居たのがその勢で、すっかり眠ってしまった。
 あんなに可愛い可愛いと口ぐせの様に云って居ても、他人はやっぱり他人だと思う。
 四時頃になって少し涼しくなってから、わきに濡手拭を引きつけて、汗をふきふきこれを書き出す。
 段々気が入って、ペン先の中に皆自分がこもってしまった様になると、背中の方から段々暑さが忘られて来るのが真に快い。

 人類の伝説には、天から火を盗んで人間生活にもたらしたプロメシウスの物語がある。山林の自然発火から学んで、めいめいの小舎の炉ばたにまでもちきたされるようになった火というもの、文明の源泉を人間が掌握したおどろきとよろこびを、プロメシウスの物語は力づよく語っている。
 私たちの生きている今日という時代には、できあいの智慧、販売されている知識、多量生産標準型の聰明さというふうなものがあんまり多い。人生的であり、生活的であるからこそ厳粛でもあり、美しく、またかがやかしい人間の智慧、知識が、それぞれの人の生きかたによって整理され、組合わされたものでなくて、模写されているだけの場合がすくなくない。教養のある女性が、とかく観念的であるといわれることは、どこに理由があるのだろう。女性は、みずみずしい智慧のいのちをとりもどし、それをわがものとしなければならない。

 絹子は、剥きかけたオレンジをそのままたべもせず皿に置き、うつむいてフィンガー・ボウルに指先を濡し、いった。
「もう二年ぐらいになるわ、そんなところへ行かなくなってから……いよいよお婆さんになるばかりね、ですもの」
 佳一は、楓の大きい姉ぐらいにしか見えぬ絹子が、自分からよくお婆さんという、いわれる度に、妙な居心地わるい気持になった。彼は、自然に話の調子で、
「お連が面倒なら、僕お伴してもいいですよ」
といった。
「そう? でもお気の毒ですわ、もう御覧なったんですもの」
「平気! それは。ウィンダアミア夫人の扇だって二度見たんですもの」
「そうお?――じゃ御一緒に願おうかしら……早い方がいいわね」
「場所が悪くなりますね、あとだと……」
「夜私あけられないから、昼間でなくちゃ都合わるいんだけれど――あなた、でも本当に御迷惑じゃいらっしゃらないの?」
 絹子にとって、活動見物は一つの冒険であるらしく、俄に活気を帯びた眼の輝きや、さり気なく小声になった相談が、ふと佳一の興味を捕えた。
「小さいひとがやかましいし、いろいろだから……じゃ明日お午っから出ましょうか。七時までに帰れますわね」
「でも……榎さん明日お出かけですか」
「出るでしょうきっと。……きのうは十一時ごろ出てったわ」
 絹子は、薄い肩をちょっと引そばめるようにして笑った。
「今日は?」
「さあ一時過ぎてたかしら」